JIA港地域会日本建築家協会 関東甲信越支部 港地域会

JIA港地域会 活動報告

第25回 クリエイティブ〔アーツ〕コア「隠された領域を拓く」

第25回 MASセミナー
2017年7月1日(土)14:00~トーク、16:00~懇親会
日本建築家協会、JIA館1F建築家クラブ
報告者
大倉 冨美雄

今、在日外国人ケント・ギルバートやデヴィッド・アトキンソンが人気なのはご承知でしょう。
日本人を外から見れる人が中韓を語り、最近の観光ブームを助けているのです。このことから、我々だけではどうしても理解が至らない認識がまだありそう、ということを感じませんか。
 今回のテーマは日本の話、つまり自分たちの話なのです。
 「隠された領域を拓く」とは確かに、謎めいていて魅力的と言われましたが、その分、受け取り方も千差万別、意味内容も非常に広範になります。案の定、以下のパネリストの皆さんの発言通り、考え、感じる「隠された領域」は非常に多様でした。これは、私の近著「クリエイティブ〔アーツ〕コア」の副題で、「日本人の秘部」を書いたものですが、それだけではまだ何のことか判りません。そこで判りやすくするために、例えば西瓜(すいか)をイメージしてください。
 表面の厚い皮は、建築家などが日常で感じるあらゆる問題意識で、強引に言えばパネリストの皆さんが述べていることがこれに当たります。「隠された領域」の存在確認や具体的事例と言えるでしょう。
 西瓜の中身は「建築家の率直さと日本社会の偏向性の間にあるもの」というような部位であり、これが私の言う「ある種の日本人論」になります。その内容が「この国は感性価値の社会機能化が遅れている」ということです。イタリアでの体験を話したのは、一般的な事例で問題の核を浮き上がらせたいためでした。これを日本人全体の半ば無意識な偏向問題とするなら、明らかに「隠された領域」でしょう。
 では種(タネ)は何かと言えば、ここからどうしたらいいかという問いへの一つの提案です。それが「クリエイティブ〔アーツ〕コア」(=創造軸の設定)ですが、その提案内容は本書に譲ります。この西瓜全体が「隠された領域」であると判れば、「拓く」はその打開策を指していることが判って頂けると思います。
 ではまず、皆さんの「隠された領域」から。私は最後に廻ります。(大倉)

村上晶子「隠れた領域を拓く≪貴婦人と一角獣≫をイメージとして」(村上晶子

貴婦人と一角獣

今回のタイトルは、大倉さんのクリエイティブコアからインスピレーションを得て、未来に向かって、私たちが何を大切にしていかなければいけないことを考える機会にしたいと思いました。

ところで、そのイメージをよく表していると思い、ひとつ紹介させて下さい。この写真はクリュニー中世美術館にある≪貴婦人と一角獣≫という6枚からなる有名なタペストリーです。若い貴婦人がユニコーンとともにいる場面に、獅子、猿、草花やウサギ・鳥などの小動物のミル・フルールという技法で小宇宙を表現しています。

制作年や場所は不明ですがパリで下絵がかかれ、15世紀末のフランドルで織られたものです。ジャン・ル・ヴィストが娘の結婚祝いに織らせたものとつたえられています。1841年、歴史記念物監督官でカルメンで有名な小説家プロスペル・メリメがブーサック城で発見しジョルジュ・サンドが『ジャンヌ』(1844年)でタペストリーを賛美したことで有名になり1882年にクリュニー中世美術館に収められました。

「味覚」、「聴覚」、「視覚」、「嗅覚」、「触覚」という現実の世界の最後に「我が唯一つの望み」の別の一枚があります。これば「愛」や「理解」と解釈されることが多いのですがむしろ第六感覚世界を表現しているようです。

私は教会の設計活動と大学での教育活動のふたつの軸に生きておりますが、目に見えて触れるような次元だけではない第六の感覚を拓くことが、どちらの仕事でも重要だと思えてなりません。私たちの仕事は近い将来AIに置き換えられていくといわれておりますが、最後まで残る職種が第六の感覚を拓いた職なのではないでしょうか?

一般にどんなに頑張ってもAIにはできない仕事は3つあると言われます。クリエイティブ・コミュニケーション・起業です。どれもOから構築する必要があります。しかしこうやってみると、とても心配になります。最近の傾向で、このなにもないところからものをつくることがとても苦手な学生が増えていることです。情報が溢れすぎて、ネットにないものを考えること、何かを掛け合わせて全く違うことを考えること、新しい人間関係をきづくことを嫌います。このままではAIに征服させてしまいすよね。

そう、建築家の仕事はこの3つの要素を駆使しないとできない仕事です。私たちも自分が若いと思ってきましたが、そろそろ若い人たちに仕事の魅力を伝える義務がでてきたなあと感じている昨今です。

田口知子「隠された領域を拓く」(田口知子

大倉氏のクリエイティブ[アーツ]コア「隠された領域」を読んで、自分が印象的に感じたフレーズとして、『日本人のクリエイティビティは「ものづくり」にはいかんなく発揮され、世界に誇れるクオリティがあるにもかかわらず、「環境・町の美しさ」「社会美」を作る部分は至って貧しい状況がある。』という一節だ。

まちづくりというと、ご当地グルメと「ゆるキャラ」頼み、という状況には、日本人的なメンタリティが深く潜んでいるように思われる。日本は木造文化で、古く受け継がれた共有できる町並みを残すことができなかった、という現実も影響しているだろう。明治維新からの過度の欧米礼賛もあいまって、自国のルーツ、文化やセンスに対し、自信を失ってしまっている部分があるとしたら、これからの課題として、ひとつひとつの多様性は尊重しつつ、町全体で統一し、共有できる大きな価値や美学コードの創出が不可欠なのだと思われる。歩いて楽しい町、美しい環境こそが、真に人の幸せを育み、自らに自信と誇りを取り戻す根拠となるのだと思う。

宮田多津夫「隠された領域を拓く ―地域の文化を消滅させないために―」(宮田多津夫

先日、瀬戸内海の小島を旅していた時に、日本の眠った力を再生したアートプロジェクトに出会った。廃墟となりゴミ捨て場になろうとしていた島を、一人の人間「柳幸典」が中心となりアートとして甦らせている。銅精錬所の廃墟には、昭和の眼差し、世界への思い、無謀な生産、公害など、その当時の日本の活力・歴史が込められている。その時代を三島由紀夫に重ね「日本の独立自尊」の精神再生まで試みている。日本には見捨てられた遺産や廃墟がまだ多く残されているが、そこには昭和を生きた日本人の「独立自尊の魂」が込められている。この島を訪れ、残された廃墟から思い起こす「日本人の魂」を感じたとき、このアートプロジェクトが目指していたものが理解できた。歴史ある場を見出し、独立自尊の日本人の魂を感じさせるアートが、新たな日本再生には必要であると教えられた。

今井均「隠された領域ー宮殿と建築家」(今井均

建築家という存在が日本で初めて国民に脚光を浴びる機会があった。半世紀余り前の新宮殿(皇居)造営とその任にあった建築家のことだ。宮内庁は国内の著名な建築家10名に意見を聞くこと になった、結果白羽の矢を立てたのが建築家、吉村順三であった。熟慮の末、新宮殿造営の設計 を受託した吉村はこの仕事に心血を注ぎその基本設計は見事なものとなった。近代国家の宮殿造営となれば私情は許されない、純粋性のみがすべてに優先する、その覚悟で任にあたってきた吉村だったがその後、その純粋性が貫けなくなる諸事情の中で建築家は身を引く覚悟をするのだった。

こういったことの経緯はともかく、この最も純粋性に富んだ仕事における建築家(デザイナー)の事例(在り方)が語られなくなった社会に僕は疑問を感じている。吉村のデザインをする立場の在り方について純粋に身を挺して問うたものであったこのことを考えると建築家や多くのデザイナーはおろか、世の指導的立場にある人はこのことを現代社会の日常にも生かして欲しいと思うのである。

誤解を招かぬように付け加えておくが、その後も建築家の意志が関係者に反映され見事に新宮殿は完成された。そして当時の関係者として、かつての吉村事務所のチーフデザイナー上田悦三さん(現在94歳)がやはり個人の建築家として造営後も長きに渡り相談にのっているということは嬉しい話ではないか。

連健夫「街づくりに活かそう建築家の創造的調整能力」(連健夫

英国では建築許可申請において、公共建築や一定規模以上の民間建築において、良質な建築にするためにデザインレビュー(設計に関する協議調整)が行われています。ここでは、発注者側建築家のプレゼンテーションに対して、レビューパネラー側の建築家がアドバイスをします。ここでの建築家の役目は審査者であり、アドバイザーなのです。

そもそも建築家の仕事は、設計行為のみならず、様々なことを調整することが多い。例えば設備設計や構造設計との調整や、工事を着工する前の行政や周辺住民との調整、工事が始まってからの現場での調整などがあり、建築家は調整能力を有しています。

住民参加のまちづくりにおいて、一般住民だけでは専門的知識がないので、専門家のサポートが必要です。建築家は、調整能力を持っているので、専門家として力を発揮することができます。建設業者が建築行為を行う時に地元まちづくり協議会と協議調整を行う仕組みがありますが、そこでは、往々にして建てる側と地元側との対立関係になりがちですが、立場の違いを共有すると共に、地元のアイデンティティーに配慮した設計にしてもらうべく、建築家が間に入って協議調整をするのです。建築家はそもそも創造的デザイナーですが、更にアドバイザー、調停者としてまちづくりにその能力を活かすことができます。つまり、これらは建築家の「隠れた領域を拓く」と捉えることができます。建築家の創造的調整能力をまちづくりに活かしましょう!

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大倉 冨美雄日本人の可能性と限界
―建築家の率直さと日本社会の偏向性の間にあるもの―(大倉冨美雄

日本人は国際化の中で中和されてきたとはいえ、本質的にはある意味で、やはりまだ特殊です。中和された分、見えなくなっているという意味では、まさしく「隠された領域」が存在すると言えましょう。例えば、

組織化するほど、理性的なものや、出来上がった全体合意に無防備に依存していないか。体が学ぶ職能観を担保しないようだ。(脳で考える分、体感を信用しない=感性メンタルの劣化)。言い換えれば、自分の内面より、外部(公知された認識、既定の法制度、データ、メディア情報など)に信を置く。その結果、自分の行動を内面からの発露としては決められない。(技術・理性メンタルの主流化を促す)

そこで、どうしてこうなったのか、を解き明かそうとしたところから、後段の話となりました。
 それは、明治維新に意識された「和魂洋才」という折衷案で生き延びてきた辺りに原点があるのではないかということで進めたのです。これを次のように図式的に二分割してみました。

  1. 「感性メンタル(当時の和魂)の劣化」=感性とそこからの文化の劣化とも言えよう。
  2. 「技術・理性メンタル(当時の洋才)の主流化」=主体(自己)の外在性(内にない)とも言える。

それをスライドにしたのが次です。

個人建築家などはこの最大の被害者であり、このため捨て身の傲慢体質になったり、組織の下済みに甘んじて当然と思っていたりするのです。これを変革していくには、感性価値への共感を持つ職能人が連携して社会運動していくしかないでしょう。その軸となる考え方が「クリエイティブ〔アーツ〕コア」(=創造軸の設定)の提案となったのです。

なお、セミナーの詳細を私のブログにも掲載していますので、ぜひそちらもご覧下さい。

司会:湯本長伯

『もっと個性を育み、際立たせる国にするには?
-社会に有用な知を創り出す アート&デザインをこの国の当り前に』

「隠された領域」って何のこと?これは今の日本人が日々に追われて本当には判っていないと思われる、ある現状を言っている。それは政治家からメディア人種まで。感じていても「最重要ではない」と思っているのが経済人と官僚。建築家やデザイナーでも実はどうだろうか。だから一般人には難しい(直感的には判っている人も)。そこで「隠された領域」となる。
 大倉さんの云わば謎掛けから始まった、著書の内容をテーマにする初めてのセミナーだった。
 著者が投げ掛ける問題は、深いが同時に広く多様である。従って、建築家のメンバーにも参加される一般市民の方々にも、それぞれの立場から多様に(勝手に?)受け取れるテーマで、社会の創造性と活力・知的生産性と経済活性・創造性も含む多様な知的活動と地域活性などなど、難しいテーマにも関わらず、パネルからも参加した市民からも多様で活発な見解や意見が出され、現状変革から創造性の適用領域まで、心配を吹き飛ばす活発なセミナーとなった。
 大倉氏提起の社会の分業化やシステム化、産業構造の変化、知識教育の行詰り等の深刻な問題に対し、意外と明るい対応と未来がほの見えたのは、大上段に振被るだけでなく小さくても有効な解決で少しでも現実を変えて行こうと云う建築家の態度が共有されているからか?参加者には明快に、社会の創造性維持や創造系人材の重要な役割と職能が共有されていた。会場で語られたキーワードを挙げれば、認知・感性・価値観・多様性・AIと人智・美術音楽を含む知・アート・クリエイティブ・コミュニケーション等であり、ホモサピエンスからホモファベル・ルーデンスまでの人間論、外国社会との違いの自体験など、十分な知的旅行だった。
 会場には、建築基準法改訂のまとめ役で今は『建築基本法』の制定に奔走する神田順氏や、他地域会からの棚橋氏、作曲家や音楽家、画家、教育関係者等々、多様な方々が集まった。芸大志望の19歳も加えて愉しい議論が出来たと思う。大倉さんの果敢で無謀な挑戦に敬意を表しつつ、問題はやはりこれからである。

個性と創造性を社会の力に

当日の模様

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関連資料(PDF)

  • A4版(セミナー概要、アクセス方法など)
  • A3版(当日講演するテーマについて建築家からのメッセージ)

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