JIA港地域会日本建築家協会 関東甲信越支部 港地域会

JIA港地域会 活動報告

第43回 1000年先に受け継がせたい「手仕事」という叡智

第43回 MASセミナー
日時
2026年7月11日(土)
14:00~
場所
日本建築家協会 JIA館1F建築家クラブ
パネリスト
小川真樹大倉冨美雄田口知子今井均武田有左連健夫宮田多津夫黒木正郎

人工知能が論文を書き作曲をし、医師に代わって診察までしようという時代、ヒトが頭の中でする仕事であればほとんどの部分はAIが代替できるようになるのは時間の問題です。時間をかけて習得した技能が一瞬で機械に取って代わられる状況は、技術進歩を哲学論争の対象にしていきます。いま私たちは人類史上の壮大な断絶の時代を生きているのかもしれません。
そこで今この時代だからこその課題として「失いたくない手仕事」をピックアップしてみたいと思います。ノスタルジーではなく、手を持つ生物として1000年後の人類に伝承したほうが良いと真剣に思えるもの。私たちは日本という「伝世」の文明が1000年以上続く国に生きるものとして、人類史的な貢献を果たすことができるかもしれませんから。(黒木 正郎

小川真樹手は考え、感じ、表現し続ける
小川真樹

手は脳の延長であると言う人がいる。たしかに、建築家はしばしば、自分の手が脳と一体になって思考しているのを感じる。しかし手は考えるだけではなく、さわって感じることもできるし、表現することもできる。そうした生体としての複合的で境界の無い能力は他に置き換えることはできないだろう。たとえ千年後の未来でも私たちが生き物であるかぎりは。

そうしたことを自分が身近に感じた事例として、①最近自分が描いた指示図、②50年前の仕立屋の仕事、③37年前の手書きの手紙、の3つを思い起こし、それらに通底する何かを考えてみようと試みた。明瞭な定義はできなかったけれど、共通するのは「愛」なのかもしれないと思った。きっと、具体の他者に「意図を伝えたい」「使い続けてほしい」「気持ちを伝えたい」という、つまり他者への愛が手にその仕事をさせるのだ。

同様の意味で、大塚さんが話された「食卓を囲むこと=料理」は、最もわかりやすく、かつ無くなることのない偉大な手仕事だと感じられたし、ほかの様々な意見からも気づきの多い今回のセミナーであった。

大倉冨美雄「紙わざ」こそ
大倉冨美雄

残したいものは手仕事。 戦後まもない小学生のころ、あらゆる映像情報はほとんどなく、わずかにたまに見た映画、本屋で見た航空雑誌、親戚から貰った大東亞戦史の画報などに興奮して、何とか写し込もうと努力。誰にも誘われなかった。
そして手書きで飛行機などを書き続け、もっともらしい画像に導いてきた。
この誰にも導かれなかったことが大きい。
イメージが湧いた時、それをどうして表現するかについて、すぐデスク・トップに置いてみることも有ろう。でも、ごちゃごちゃした脳裡によぎるもの、ああしたい、こうしたいとの想い。これらはまず紙マターに描いてみたい。もちろん、基本データが先にあってもいい。それをプリントした上でもいい。どんなケースでもいいが、初期に考察対象をいじりまわすのは、出来れば1000年経っても「紙の上」、つまり『紙わざ』でありたい。

田口知子時間についての考察
田口知子

このテーマについて考えたとき、最初に思い浮かんだのは「時間」でした。経済資本主義社会に生きる私たちは、絶えず欲望を刺激され、効率や生産性を求められています。人間の叡智とは何かと考えたとき、ミヒャエル・エンデの『モモ』と柳宗悦の民芸運動が思い浮かびました。
『モモ』では、「時間貯蓄銀行」を名乗る灰色の男たちが人々から時間を奪います。彼らは不気味でありながら、効率を優先し、大切な人との時間を犠牲にして働く現代の私たちの姿にも重なります。一方、柳宗悦は、真の美は日々の暮らしの中で使われる素朴な器や道具に宿ると考えました。
私はあらためて 日本民藝館 を訪れました。柳が設計した空間には、手仕事による民芸品や道具が並び、どこか懐かしく落ち着いた空気が流れています。そこには効率や経済的価値では測れない豊かさがあります。
『モモ』の世界と民藝館に共通しているのは、人と人とのつながりや手仕事のぬくもり、ゆっくりと流れる時間へのまなざしです。私たちが本当に未来へ残したいものは、モノそのものではなく、「生きている豊かな時間」なのではないでしょうか。その見えない価値をあらためて考える機会となりました。
最後に、私が設計したパッシブタウンの保育園のファーストスケッチを紹介します。手が考える、という感じで設計した平面図です。建築をつくるときも、頭より、手が良い仕事をすると思うことがあります。

今井均木の持つ普遍的可能性を未来につなぐ
今井均

日本人の生活環境のなかで木は今日まで多くの可能性を実証して来たと思います。
木材主体の構造材で作られた住まいは勿論、日常の生活の中で家具や食材の入れ物、文房具からマナイタまで木が生活に関わって来た事はつい先日までごく普通のことでした。
日本人の感性もこういった連綿と続いた環境の中で育ってきたと思います。近年、生活の多くの素材が木からプラスチックに変わってきたことは皆さん致し方ないこととお思いでしょう。問題はその中で少なくとも木に見える印刷物を木の代替品として扱っている困った?状況です。無垢な子供たちに間違った感覚を大人達の都合で与えていることは困ります。木に限ったことではなく、子供時代には自然素材からせめて本物を見せてあげなければ、我々大人はきっとそのツケを後悔することになるでしょう。
木はどんな場合でも生活の中にあれば、道具としたり、手軽な工作材料としたり、道具らしいものを持たない幼児でさえ木はそれを扱う人に相応しいレスポンスを返してくれるという柔軟性があります。それを扱う人の力量に対して相応しい結果を引き出せるわけです。またその延長線に現代の IT社会にも日本人の職人技が活かされていると云われる状況もあります。バス停の脇の見事な欅の街路樹の足元にも何処からかやってきた小さな植物が花を咲かせます。日本人のもつ「もののあはれ」も樹木によるところが少なくないと感じます。 了

武田有左1000年の時間の先に・・・
武田有左

玉虫厨子は、約1400年前の飛鳥時代の高度な職人技を今に伝える貴重な国宝である。一方、村野藤吾が設計した新高輪プリンスホテル「飛天の間」の天井も、アコヤ貝(マド貝)を用いた精緻な装飾によって生み出された、昭和を代表する職人芸の結晶であり、現代における「玉虫厨子」とも呼ぶべき文化遺産である。

しかし今、再開発という名のもとに、このような唯一無二の建築空間が次々と姿を消そうとしている。都市の更新は必要である一方、歴史や文化を刻んだ建築まで失ってしまえば、都市は均質で個性のない風景へと変わり、人々の記憶や地域のアイデンティティも失われてしまう。

時代を超えて人々の心に残る優れた建築を守り、活かしながら未来へ受け継ぐことは、文化の継承だけでなく、都市の魅力や国際的な価値を育む重要な投資でもある。その価値は一企業の利益を超え、この国の社会全体にとってのかけがえのない財産となる。文化遺産を次代へ引き継ぐことは、私たちの世代に課せられた責務であり、未来への誇りを築く営みでもある。

宮田多津夫粋な人、その気質が作るもの
宮田多津夫

「粋(いき)」とは、江戸時代の庶民に育まれた美意識です。派手な装飾やこれ見よがしな贅沢を嫌い、洗練された身のこなしや、「見えない部分にこそこだわりを持つ」といった、内面的なカッコ良さや余裕を重んじる価値観を指します。表面的な美しさよりも、やせ我慢(逆境を笑顔で受け流す)などの生き様こそが「粋」であるとされました。人情があり、他人に過度な干渉をせず、あっさりとした付き合いも「粋」でした。深川芸者が「いき」の発祥であり、「縦縞」の地味な着こなしは江戸っ子に人気がありました。粋は現代にも継承されています。深川にあるニシザキ工芸もその一つ。洗練された「手作り」の特注家具で粋を現代に伝え、「見えない部分にこそこだわりを持つ」という塗装技術は、いまや宮内庁から家具補修の依頼があるほど信頼されている。ニシザキ工芸の塗装スタジオは私が32歳のときに依頼されたもの。質素だが洗練された空間の中で若手の塗装職人が育っている。彼らが語る手作りの価値は「どれだけテクノロジーが進化しても、人の感性と手作業から生まれる塗装の質感は唯一であり、数値化や均一化はできません。」そこには1000年先に受け継がせたい心意気がある。

連健夫○○さんのスケッチ・クロッキー
連健夫

自宅リビングに馬のクロッキー(速写画)があります。洋画家、安田謙の作品で、氏が亡くなった後、息子さんから頂いたものです。息子さんは高校時代の友人で、家に遊びに行った時、安田謙は、クロッキーを見せ、「連君、この絵の前に何枚も失敗作があるんや」と話してくれました。失敗から生まれたものに、タルトタタンがあります。19世紀のフランス、タルトタタンホテルの姉妹がアップルパイを作っていた時に、お姉さんがパイ生地を敷くのを忘れて焼いてしまいました。大失敗ですが、それをひっくり返すと香ばしく、食べてみるととてもおいしい。それが、このホテルの名物となり、今ではフランスの代表的スウィーツです。長崎タンメンも失敗から生まれたものです。醤油とんこつ出汁を誤って沸騰させてしまい、白くなった出汁がとてもおいしく、即席長崎タンメンとして販売したところ爆発的に売れました。いずれも失敗から偶然生まれたものです。建築設計も何枚もの失敗スケッチから、徐々に形が決まってきます。AIは失敗しませんが、人間は失敗できます!失敗に個性と創造性の源があります。当方が残したいものは「○○さんの失敗から生まれたもの」です。

黒木正郎「修理」という神業を伝え続けたい
黒木正郎

1947年製のライカⅢC。世界中どこでも時計屋さんで修理可能なようにマイナスドライバー一本で分解可能な設計になっています。そのせいで簡単にリバースエンジニアリングが可能なため、戦後の日本で完全コピー品が大量に出回っていました。

蒸気機関車。ほぼ全体が鉄で構成された数十トンの動く物体は、摩耗に抗うための日々のメンテナンス体制があって初めて運用可能なシステムです。それがあれば100年経っても性能は変わりません。ただし手触りで調子を診断できる人がいなくなったら、機械としての寿命はそこまでになります。

金継という技には世界の通人が注目しているらしいです。時に新品よりも価値ありとされる壊れ物なんて、新しい芸術の分野が生まれたように思えます。見れば町中で「金継教室」の看板を見かけました。

日本では100年大切にされた物は「付喪神」という神になり、大切にされなかったものは妖怪になるのだそうです。父のジャケットはせめて妖怪に変容させることなく物の命を全うさせたいと思います。人が手をかけることで神をも作ることができる文明のもとに生きている幸運。これを1000年先まで伝える鍵は、物言わぬ物たちへの日々の小さな愛情なのだと思います。

当日の模様

MAS第43回の模様1 MAS第43回の模様2 MAS第43回の模様3 MAS第43回の模様4

アンケート

ご参加された皆様、アンケートへご協力いただき誠にありがとうございました。
ご協力いただいた方の中から一部をご紹介させていただきます。

第43回アンケート1
セミナーに参加されるにあたって、どんなことを期待されて来られましたか?
いつも感動。つながりにもおどろき
今日の内容を聞いて、共感したこと、興味をもったことをご記入ください。
相手のためにおもう
その他、今回のセミナーで感じられたことをご自由にご記入ください。
AIは消去し手がきは構築する
今後のセミナーで取り上げて欲しいテーマがありましたらご記入ください。
教育とのかんれん
今後のセミナーの参加について、以下のどれかをお選びください。
また参加したい
第43回アンケート2
セミナーに参加されるにあたって、どんなことを期待されて来られましたか?
テーマに興味をもち、建築の先生方の視点でどのように語られるかを期待してまいりました。
今日の内容を聞いて、共感したこと、興味をもったことをご記入ください。
手仕事とは、自分自身を表したものなのかと思いました。
その他、今回のセミナーで感じられたことをご自由にご記入ください。
先生方の絵のすばらしさ
今後のセミナーで取り上げて欲しいテーマがありましたらご記入ください。
無回答
今後のセミナーの参加について、以下のどれかをお選びください。
また参加したい
第43回アンケート3
セミナーに参加されるにあたって、どんなことを期待されて来られましたか?
無回答
今日の内容を聞いて、共感したこと、興味をもったことをご記入ください。
無回答
その他、今回のセミナーで感じられたことをご自由にご記入ください。
無回答
今後のセミナーで取り上げて欲しいテーマがありましたらご記入ください。
無回答
今後のセミナーの参加について、以下のどれかをお選びください。
どちらでもない
第43回アンケート4
セミナーに参加されるにあたって、どんなことを期待されて来られましたか?
様々な視点からの善良な意見を伺うこと。
今日の内容を聞いて、共感したこと、興味をもったことをご記入ください。
色々な考えを伺い、頭の中で整理ができない。まあ、それでも良いわけだけど…。
その他、今回のセミナーで感じられたことをご自由にご記入ください。
難解なテーマも取り組める良いセミナーだなと思いました。
今後のセミナーで取り上げて欲しいテーマがありましたらご記入ください。
無回答
今後のセミナーの参加について、以下のどれかをお選びください。
また参加したい
第43回アンケート5
セミナーに参加されるにあたって、どんなことを期待されて来られましたか?
未来への創造力
今日の内容を聞いて、共感したこと、興味をもったことをご記入ください。
失敗を忘れず
その他、今回のセミナーで感じられたことをご自由にご記入ください。
参加者が必ずコメントするのは良い
今後のセミナーで取り上げて欲しいテーマがありましたらご記入ください。
ヘリテージマネージメント
今後のセミナーの参加について、以下のどれかをお選びください。
また参加したい
第43回アンケート6
セミナーに参加されるにあたって、どんなことを期待されて来られましたか?
テーマに対しての解説と回答。それぞれの先生によって異なる視点
今日の内容を聞いて、共感したこと、興味をもったことをご記入ください。
修理と創造は偶然性、個性はまだ人の手による所が大きい。 「誰に向かって作るか」
その他、今回のセミナーで感じられたことをご自由にご記入ください。
ものづくりについて誰のしたか
感動を伝える術として「音楽」がなかったんですね
「料理」の発想はなかった
今後のセミナーで取り上げて欲しいテーマがありましたらご記入ください。
無回答
今後のセミナーの参加について、以下のどれかをお選びください。
また参加したい
第43回アンケート7
セミナーに参加されるにあたって、どんなことを期待されて来られましたか?
「遺っていくこと」と「手仕事」の関連性について
今日の内容を聞いて、共感したこと、興味をもったことをご記入ください。
手を通したものに気持ちが入る
その他、今回のセミナーで感じられたことをご自由にご記入ください。
無回答
今後のセミナーで取り上げて欲しいテーマがありましたらご記入ください。
無回答
今後のセミナーの参加について、以下のどれかをお選びください。
また参加したい
第43回アンケート8
セミナーに参加されるにあたって、どんなことを期待されて来られましたか?
自身の発想に無い考え方に触れたいと考えた
今日の内容を聞いて、共感したこと、興味をもったことをご記入ください。
手で考えるということ
その他、今回のセミナーで感じられたことをご自由にご記入ください。
一つのテーマより発想の拡散のさせ方が面白い 人や生活の本質に意識が向いていることにはっとさせられた 投影された資料も何かで共有されると良いなと感じました。
今後のセミナーで取り上げて欲しいテーマがありましたらご記入ください。
「紙という媒体」というテーマ
今後のセミナーの参加について、以下のどれかをお選びください。
また参加したい
第43回アンケート9
セミナーに参加されるにあたって、どんなことを期待されて来られましたか?
建築でご活躍なさっている方々のコトバ・考えから生きるヒントを得たいと思い、参加いたしました。
今日の内容を聞いて、共感したこと、興味をもったことをご記入ください。
自発的に描く。それが紙で残り、自然につながっていくこと。 AIより、人から生まれるものにはぬくもりが多くある。
その他、今回のセミナーで感じられたことをご自由にご記入ください。
無回答
今後のセミナーで取り上げて欲しいテーマがありましたらご記入ください。
教育について、手紙・手描きや手書きでつながる未来について。
今後のセミナーの参加について、以下のどれかをお選びください。
また参加したい
第43回アンケート10
セミナーに参加されるにあたって、どんなことを期待されて来られましたか?
人工知能、手は脳の延長である 皆様の色々な考え方を知ることが出来ると思って参りました。
今日の内容を聞いて、共感したこと、興味をもったことをご記入ください。
時間の花 人間が表に生きることが出来る時間(たんぽぽ保育園 田口さん)
その他、今回のセミナーで感じられたことをご自由にご記入ください。
100年前にテーブル(ちゃぶ台)が出来た 1000年後に「何を感じる」が重視されるのでは… 目に見えない物が重要(アウトドアダイニング)
今後のセミナーで取り上げて欲しいテーマがありましたらご記入ください。
木は一身にして一生を生きる
今後のセミナーの参加について、以下のどれかをお選びください。
また参加したい
↑先生方のお話が短く切れてしまい―それが本当に残念です!

関連資料(PDF)

  • A4版(セミナー概要)
  • A3版(当日講演するテーマについて建築家からのメッセージ)

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